ふと、思ったことですが、冗談が通じる人と通じない人は何が違うのか
「あんた、バカね~」と言われて喜ぶ人と、言葉通りに受け止めて怒ってしまう人、同じ言葉に対して反応が全く反対になることは、多々あることです
真逆の反応をする2人の頭の中では、それぞれどのようなことが起こっているのでしょうか?
「バカね」と言われて喜ぶということは、褒められてるということをこの言葉の中から感じ取っているということになるはずなので、言葉の裏を読むのが得意ということなのでしょうか
反対に、言葉通りに反応してしまう人は、言葉の裏を読むのが苦手なのかもしれません
そもそも、「あんたバカね~」と言った人が冗談で言ったのか、本気でそう思ったから言ったのか、本当のことは本人しかわかりません
では、言われた人は何を基準に冗談か本気かを見極めるのか・・・
声のトーン、顔の表情、会話の状況など、無意識に色々なものを見ているのかもしれません
Tくんのレッスンのあとに、こんな話になりました
レッスンを始めて半年くらいになるTくんは、自分がどれくらい英語が伸びたのかを知りたいと思っていました
自分としては、まだ何も覚えていないような気がしているみたいです
僕はTくんがどれくらい単語を覚えているのかを、試しに質問しながら確認してみました
その結果、かなり多くの単語を覚えていました
本人は意識をしていないけど、実は知っている単語の量に、始めて気が付いて驚いたみたいです
だけど僕はTくんに、英語力よりも、会話そのものに対する積極性の大切さを強調しました
コミュニケーションを楽しめるようになってきて初めて、見えてくる景色があります
この景色を見るためには、英語力はまったく関係ありません
その景色をできるだけ早くTくんに見せてあげたい
そのために必要なことは、僕が彼に自信をつけさせてあげることなのかもしれません
自分の子供をまいにち保育園へ送ったり、たまに公園へ連れて行ったりすると、他の子供のお母さんと挨拶をしたりすることはよくあることです
性格的にとても社交的な人と、シャイな人はどこを見ればわかるのかを、僕は時々観察しています
挨拶をする時点で、何となくわかってきたような気がします
僕が「こんにちは、(お子さんの)お名前は何て言うんですか?」と聞いたとき、僕に直接的に「太郎です」とか「花子っていいます」と答える人は社交的に見えます
そして、僕のこの質問に子供を通して答える人、例えば、「太郎っていうんだよね~」と答えたり、「『花子です』は?」と子供に答えさせようとする人は、シャイな人なのかなという印象を僕は持ちます
実際のところ、どうなのかはわかりませんが、周りに与える印象として、そのように映ると思います
1時間あるレッスンを、最初から最後まで通して集中力を保つことは難しいことです
ちょっとしたことがきっかけでそれが気になってしまって、レッスンに集中できなくなるということは、誰にでも有り得ることです
僕のレッスンでは、リスニングの練習のとき以外はずっと、波の音を流しています
なぜ音をずっと流しているのかというと、無音の場所で会話をする状況というのはあまり生活の中ではないわけで、何かしら雑音が聞こえているのが自然だからです
その雑音の中で、生徒さんが僕の声に集中してリピート練習をしたり対話の練習をしたりすることは、集中力を保つ訓練にもなると僕は考えています
今日は、Mさんが波の音につられてしまって、途中で僕の声が聞こえなくなってしまったとレッスン後に話してくれました
以前は、Sさんが、壁に貼ってあるポスターが気になりだしたら、僕の声が聞こえなくなったと言っていたことがありました
逆に、何かに集中している状態の時は、自分の好きな曲が大音量で聞こえていたとしても、気が付かないものです
大きな音で波の音が流れている教室で1時間レッスンをやって、「えっ、波の音なんて流してましたっけ?」と生徒さんに言われるくらい集中できるレッスンが、僕の理想です
僕は20代のころ、友達の女の子が食べかけのアイスクリームを差し出してきて「食べる?」と聞いてきて、一口でほとんど全部食べてしまい、怒られたことがあります
その時に彼女が言った言葉は「大嫌い!」でした
僕をバシバシ叩きながら、「なんでそんなに食べちゃうのぉ~~~」と言われたことを覚えています
だけど、彼女が本気で僕を嫌いになったのではないというのは、わかっていました
なぜかというと、「言葉では怒っていた」けど、顔は笑っていたからです
もしその時の彼女の顔が真剣だったら、本当に嫌われたのだと僕は感じていたと思います
相手が本当に言いたいことを理解しようとするには、言葉、声のトーンや間の取り方、顔の表情など、色々な部分で判断していくことがとても重要なのでしょう