先週の木曜日、Nさんに誘っていただき、あるセミナーに行ってきました

セミナーの内容は「産業考古学」

このような学問があることすら僕は知りませんでしたが、とても興味深いお話でした

昨日はNさんのレッスンのとき、そのときのセミナーの話と、そこから自分達が何かをヒントにして静岡をどう活性化できるかについて話をしました

NさんがOFFBEATに通い始めた時はゼロからのスタートで、4年ほど経ちましたが、始めたころは数年後にこんなに濃い内容の話をできるようになるとは想像もしていませんでした

大切なのは、英語を上手に使いこなしているかどうかではなく、込み入った内容の話になったときに、臆することなく自分の意見を言えるかどうかだと、僕は考えています

せっかく英語を習って上手になってきたのにもかかわらず、「この話は英語では話せそうにないな」と判断して何も話さない人がいたとしたら、それこそ、もったいないことです

英語のために英語を習うのではなく、コミュニケーションのために英語を習う

言葉で言うのは簡単ですが、重要なのは、それを実践することです

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フランス語会話のテキストを数年前に一つ買って、その本にCDが付いていました

そのCDを久しぶりに聴いていたら、気が付きました

本を見ながら聴いてないから、何を言っているのかさっぱりわかりませんが、音はよく聞こえてきます

数年前にこのCDを毎日のように聴いていた時は、ソファに座りながら、半分居眠りをするくらいリラックスして聴きながら、リピートをしていました

何にも頭に入っていないと思っていたら、今聴いてもフランス語独特の音は耳によく入ってきます

自分で外国語をゼロから触れてみて感じたことは、単純にリスニングをするのではなく、効果的な方法を自分で見つけるべきだということです

自分なりにポイントをいくつか挙げると、こうです

1・リスニングをするときは何かをしながらではなく、 リラックスをして聴く ことだけに意識をもっていく

2・意味は解らなくてもいいから、学んでいるその言語だけの音を 聴き続ける

3・声に出す練習は、なるべく聞こえた通りに真似をする感じで、そして 大量に練習する

これらのポイントをもう一度見直しながら、更によいレッスンを作ろうと思います

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英語を話せないと外国人とコミュニケーションが取れないと「思い込んでいる」人は沢山いると思います

そのような人は、もしかしたら、無意識のレベルで英語ができないから恥ずかしいと感じているのかもしれません

夏にビーチへ行くと、多くの人が何の抵抗もなく水着を着て歩いています

水着でビーチを歩くことは恥ずかしくないとわかっているからです

これが、水着を下着に変えてみると、急に恥ずかしくなります

生地が違うだけで、見た目は遠くから見ればほぼ一緒なのにです

仮に法律や条例でOKだったとしても、女性がブラとパンティーでビーチを歩くことはできません、心理的に無理だからです

もし10年後、夏にビーチを歩く人の80%が下着を着ているとしたら、自分も下着で歩けるようになるかもしれません、心理的に恥ずかしさを感じなくなるからです

世の中のスタンダードが変わったとき、人の行動に変化は出てきます

英語を片言でも話すことが日本のスタンダードになったとき、日本人一人ひとりの人生の幅が広がると僕は想像しています

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Tさんが昨日レッスン中にこんなことを言われました

「今日は、いつもリスニングエクササイズで聴いている会話が、いつもよりハッキリと聞こえた気がしました」

今までピンボケしたように聞こえていたものが、ピントがあったように耳が音についていけたらしいです

ある脳科学者の本に書いてあります

「意味は理解できなくてもいいから、最初は英語を音としてとらえられるようにするのが先だ」

意味はわからないけど音が聞こえてくるようになったという状態を、Tさんの話を聞いてようやくその重要性が少しわかったような気がしました

最近、レッスンでリスニングをやる時や映画を観るエクササイズのときは、まず音に集中してもらうためにちょっと工夫をしました

耳が英語に対してチューニングができるようになると、一気に自分と英語との心理的な距離が縮むのだと僕は思います

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僕が友人2人と会話をしていたとき、こんな話がありました

Aさんが自転車の話を始めて、その時彼女はサドルのことを「座席」といいました

B君はAさんに「座席って・・・(笑)サドルでしょ?」とツッコミを入れました

僕はその時に、「そうか、座席でも通じるな~」と思いました

確かにサドルのことを座席と表現すると可笑しく感じます、だけど、コミュニケーションで大事な部分は「相手と自分の頭の中の絵を共有できるか」だと僕は思っています

サドルのつもりで「座席」と言ったAさんも、「座席」を聞いて「サドルでしょ」と言ったB君も、頭の中にあった絵は「自転車に付いている、座る部分」で、それでコミュニケーションそのものに何も問題はありません

お互い日本人が日本語で会話をしているときは少々の言い間違いをしても、言った方も聞いた方も気にはしませんが、これが英語になると、かなり言葉を選ぶことに慎重になって、「今の表現で通じますか?」となってしまいがちです

人間の心理とは不思議です

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