昨日のレッスンで、Tさんが”travel”と”trouble”の発音で苦戦していました
Tさんの耳には、どちらも同じように聞こえてしまうようです
すでにどちらの単語も知っているものなので、文字を見れば区別はすぐにつきます
日本語にない音が英語にはあるぶん、それを認識できないということが「同じように聞こえる」理由だと僕は思います
travelとtroubleの違いを聴き分けられるようになるには、「単語を」ではなく、「音を」聴き分ける訓練が必要になります
言語を身に付けるときに、学ぶことの順序がかなり大切だと僕は考えていて、「音」は一番目に来ます
そのあとに「意味」、そして最後に「語順」というのが、僕が英語を教えるうえでの理想の順序です
大人になるとカタカナ英語で英単語をすでに知ってしまっている人がほとんどなので、先入観を排除して聞こえてくる音だけに集中することが、英語の発音を身に付けるときにはとても大切になってくるでしょう
たまに音楽だけを集中して聴いてみると、何度も聞いたことがある曲なのに新たな発見があるものです
例えば、「この曲にオルガンを使っていたのか」とか、「このバンド、歌ってるのはボーカリストだけじゃなくて、曲によって違うメンバーも歌ってるな」みたいな具合です
いままでは何かをやりながら聞いていたので、いわゆる聞き流し状態でした
それが、その曲だけに意識を向けた時、気が付くことが増えます
数か月前、同級生がやっているフレンチレストランへ行ってスペシャルランチを食べてきました
僕がデザートまで食べ終わってから同級生が僕の所へ来て、「どうだった?」と質問したとき、僕は「一人で来て良かった」と答えたのですが、それは、次々に出てくる料理を一皿ずつ頭の中で考えたり想像したりしながら食べることができたので、とても有意義に感じたからでした
現代は、様々なことを同時進行でやりながら要領よくこなしていく時代なので、一つだけのことに意識を集中することが新鮮に感じます
娘を公園に連れて行って自由に遊ばせると、子供同士のコミュニケーションを沢山目にすることができます
なぜ僕の娘は「初対面にもかかわらず他の子供と一緒に楽しく遊べるのか」という目線で、ついつい観察してしまいます
何となく感じたことですが、娘は断られたり否定されたりすることを怖がらないので、娘が会ったこともない子供たちのグループに「仲間にいれて」とか言うこともなく、当たり前のようにいつの間にか輪の中に入ってしまいます
これが大人になってしまうと、仲の良いママ、パパ同士で楽しく会話をしている中に僕が自然に加わることができなくなってしまいます
グループにはそれぞれ独特の縄張りのようなものがあって、誰を仲間にいれるのかを無意識に吟味している気がします
僕の方は、「仲間に入れてもらえなかったらどうしよう」という拒絶にビビッてしまって、なかなか会話に参加することは難しいでしょう
中には大人でも、グループにすんなりと入れる人がいます
そういう人は、遺伝的にそういう資質をもった家系に生まれてきたのかもしれないです
昨日はカフェGemminy’sで出張レッスンをやってきました
2名、初参加の方がいらっしゃいました
その初参加の方のうち一人はすでに英語が達者な方なのですが、英語を話す機会が欲しかったというのと、英語の教職免許をとりたいということで、他の英語の先生がどのように教えているのかを知りたくて、僕のレッスンを体験するのが目的だったそうです
その方とレッスン後に話していて、彼がこう言いました、「なるほど、渡邉さんの教え方はすべて、実践のためのシミュレーションなんですね」
僕は多くの方からOFFBEAT英会話教室はどんなレッスンをやっているのか聞かれるので、説明する機会は沢山あります
ですが、なんだか自分のことを説明しようとすると、上手い言葉が出てこなかったのです
周りの人のほうがより客観的に僕を見ているので、僕のことを僕以上に的確に表現できるのかなと、その時感じました
「実践のためのシミュレーション」、この表現は短くてわかりやすいです
今度から使わせていただきます
最近、アートを通して英語を教えるレッスンをやっていますが、その影響もあって、多くのアーティストを知る機会が増えてきました
その中に、David Hockneyという人がいます
たまたまYouTubeで彼のドキュメンタリー動画を見た時に、Hockneyがこんなことを言っていました
“You shouldn’t believe, never believe what an artist says…only what they do.”
「作家が言うことは信じてはいけない、作るものだけを信じればいい」というような意味合いで言っています
人は、言うことやることが矛盾してしまうことがよくあります
Hockneyが(作品として)写真は使わないと言っていたのに使ったことを人に突っ込まれ、それに対してのささやかな抵抗が、”You shouldn’t…”でした
僕も、あることをやると言っておきながら違うことをやることは、たまにあります
大切なことは、自分が作った作品(僕の場合はレッスン)に自信を持つことなのだと、David Hockneyに教わった気がしました