Uさんは今月、アフリカへ仕事で行っていたのですが、一緒に行った人にTOEICのスコアが900点の人がいたそうです
その人にUさんは「英語話してるじゃん」と言われたらしいです
英語のレベルが高くなくても、外国人とコミュニケーションをとれることが少し実感できたみたいで、Uさんにとって良いことだなと僕は思いました
「英語がどれだけできるかにかかわらず、当たり前にコミュニケーションをとれる人の数を増やすこと」・・・
これを常に頭に入れながら、より良いレッスンを作っていけるように考えたいと思います
MさんがOFFBEATのレッスンを受け始めて約3ヶ月が経ちました
文字通りの超初心者で始めているので、今は基本的には実践会話の練習を少な目にして、徹底的に語彙力をつけることに時間を使っています
今日は「外食関係単語集」をリピート練習したあと、その単語集にのっている単語を僕に説明する練習をしました
例えば、「ナイフ」という単語をMさんは選び、その単語を僕に言わずに、説明だけでどの単語を単語集から選んだのかを僕に当てさせます
英語で挨拶されてもほとんど返せない状態のMさんはどう説明するかというと、9割以上はジェスチャー、そして、あとは「カンカンカン」や「シャーシャー」などの音を口で表現して説明しました
それでも、僕がMさんの説明を理解して答えを出すのにあまり時間はかからず、他の生徒さんが言葉だけを使って説明する時と差はほとんどありません
なぜ僕が超初心者のMさんにもこんなに難しいことを練習してもらっているかというと、実践の会話中にある単語を言いたいけど、それが出てこなかったときに「何とかする」ための術があるということを知ってもらいたいからです
忘れてはいけないのは、カッコいい英語を話すことではなく、コミュニケーションをとることが大切だということです
会話をしているときと、文字を使ってコミュニケーションをとっているときでは、文の質は同じようで同じではないです
口から言葉を発しているときは、常に楽器の即興演奏をしているように、思いついたことを出しています
文字を書くときは、自分が作った文を目で確認しながら、修正したい部分を消して書き直すことができるので、書いた楽譜を相手に見せているようなものです
この違いはとても大きいように感じます
さらに、もし伝えたいことを全て文字にして、それを読みながら相手と会話をしたとしたら、どことなく違和感を感じると思います
文字を読みながら相手に話すと、どうしても感情を伝えるという部分が減ってしまうからだという気がします
そういう意味では、セリフをまるで現実かのように話してみせる役者さんの臨場感の出し方は、訓練の賜物なのだなと思います
会話においてより大切なことは、文の正確さよりも、「感情が入っていること」なのではないかと僕は考えています
Uさんがレッスンで、「授業をサボった」と英語で言いたかったみたいなのですが言い方を知らなくて、何とか違う方法で言い換えて、僕は「Uさんは授業をサボったと言いたかったのだな」というのを理解しました
自分が英語で表現したいことを知らなければ、言葉が出てこないのは当然です
そんなときに違う言い方で伝える知恵をつけることが大切なんです
僕がよく生徒さんに伝える、「正しい英語表現で言う」ことよりも、「流れるような会話を意識する」こと、これができるようになるには視点を変えてみることが必要になってきます
「授業をサボった」と英語で言えなければ、「学校へ行かなかった」でも「家にいた」でもジェスチャーと少しの単語でも表現の方法は沢山あります
「これが正しい言い方」なんてありません、相手に通じた表現すべてが正しいと考えれば、気がだいぶ楽になるなすです
「あなたは英語が上手ですね」と言われると、「いや、全然・・」と謙遜してしまうのが日本の文化の一つです
でも、英語で褒められたときは、「上手」と言われたことを否定せずに、「ありがとう」と返すのがやっぱりよいのではないかと僕は思います
話は違いますが、「私は英語が話せない」という表現の尺度は、人によってかなりの差があります
「話せない」とはどんな状態のことなのか、単語1つすら出せないのか、それとも、コミュニケーションはなんとかとれているけど、思ったことを全ては言葉で表現できないのか
まずは、英会話を習っている人がどんな目的をもってやっているのかを自分で意識することが大切です
僕は講師として、生徒さん一人ひとりが英会話を習った先にどんな景色を頭の中で描いているのかを知ることが大切だと考えています
この「知る」という作業そのものが、生徒さんとのコミュニケーションです
生徒さんと僕の頭の中のイメージを近づけていければ、何をどうすればいいのかが見えてきやすいと思います