先日、友人がこんなことを話していました
「自分の会社で、若い社員は全員TOEICを受けなければいけなくなって、500点が基準ラインらしい」
とのことです
だけど、こうも言っていました
「TOEICの点数を取るのはいいけど、海外支店に赴任になるなら、今度は英会話を身に付けなきゃ仕事にならない」
TOEICのための勉強も、英会話を習得するのも、簡単ではありません
それに、同じ英語でも、勉強法が全く違います
会社の方針ではあるのだろうけど、それにしても、会社はなぜ、何に社員の英語力が必要なのかをもっと真剣に考えてあげたほうがいいかなと感じました
最近、英語教育では、「英語を英語のまま考えるとか理解することが大切だ」とよく言われます
翻訳の仕事をしていますがこの仕事を始めてから、なぜ会話をするときに頭の中で日本語から英語に訳すことがよくないかが少しわかった気がします
例えば、「開催場所」というのを英語にしようとすると、何の開催場所かによって使う表現が変わってきます
「大きなイベント」なのか、「誕生日パーティー」なのかによって、「開催場所」に相当する英語は全然違います
要するに、状況によって単語や表現を選ばなければいけないので、日本語の言葉の響きだけで英語に直そうとすると、変な英語になってしまいます
あとは、それぞれの言語の単語の本当の意味を知らないと、日本語から英語にするのは大変だなと感じています
これを会話でやろうとしたら、言葉に詰まるのは自然なことかなと思います
きちっとした文章で話すことは素晴らしいことだけれど、それ以上に大切なことがあると僕はよく生徒さんに話します
例えばアメリカへ旅行をしたとして、あるレストランで、紅茶を注文したいとします
“Could I have a cup of tea, please?”、「~をいただけますか?」みたいな表現は、通常、学校や英会話教室で教えるパターンだと思います
これを言いたかったけど、アメリカ人のウェイターを前に緊張で言い方を忘れてしまい、結局“Tea please.”になってしまったと落ち込む人もいるかもしれません
僕は自分の教室では、“Tea please.”で十分だということを教えます
それは、何よりも大切なことは、「どう伝えるか」よりも「何を伝えたいか」だからです
「紅茶を飲みたい」、これを伝えるために相手に届けばいい単語は、“Tea”だけです
これに“Please”がつけば、鬼に金棒です
英会話を始めた人には、こういう楽な考え方で、どんどん英語を使ってもらいたいです
僕が教室のチラシを置かせてもらっている場所の一つに、アジアン雑貨屋さんの「KUMARI」というお店があります
そこのオーナーの藤田さんは、自分ひとりか夫婦2人で、タイとかベトナムなどへ時々仕入れに出かけます
ある時、僕は藤田さんに、現地の言葉も英語もわからないで、どうやって買い物をしているのか聞きました
そうしたら藤田さんは「気合いだよ♪」といいました
藤田さんの気合いとは、気合いを入れたら言葉が通じたという意味ではなく、現地に行っていい品物を見つけたら身振り手振りで何とか交渉し、こんな具合で毎回ことが済んでしまっているという意味です
もし藤田さんが自分で仕入れをできるようになるために、現地の言葉を一生懸命に勉強するような人だったら、「KUMARI」を開くのが数年先になってしまっていたと思います
藤田さんにとって、言葉の勉強は必要なものではないのです
何のために言葉を勉強するのかという「目的」は、とても大切なものだなと感じました
同時に、言葉が無くてもある程度人とコミュニケーションがとれるならば、英語も完璧に話せるようになろうとしなくてもいいんだなと思いました
昨日は僕が教室で気持ち良く昼寝をしているタイミングで、体験レッスン希望者が訪問してくれました
寝ているところの不意打ち訪問だったので、「すみませ~ん」という声に対して、僕はズボンのチャックもボタンも空きっぱなしで、「はい~はい~、ただ~いま~」と、寝てましたという空気を隠すことは無理でした
「一言でいうと、うちの教室は、体当たり系の英会話教室でして・・・」と僕が話すと、その訪問者の方は、「そうそう、英語で体当たりしたいんですっ」と、教室のコンセプトに共感してくれました
体験レッスンは来週です
この時僕が感じたのは、どんな商売にも言えることかもしれないけど、その教室、お店などにハッキリとした特色があると、消費者にはとても選びやすいのだなと思いました
「文法を教えてもらえると思ってたのに、イメージと違った・・」というような人は今まで入会した人にはいないので、始めてもらう前に、自分の教室のコンセプトをしっかり伝えることは大切なんだなと再確認できました